“女装が美しすぎる芸人”として人気急上昇中の「レインボー」池田直人さん。
実は5歳から子役として活動しており、高校時代には「ハイスクールマンザイ」にも出場。
さらに芸人を目指して中学生でNSCを受験したという驚きの経歴を持っています。
この記事では、池田さんの出身中学・高校・大学の学歴をはじめ、芸人を志すきっかけや家族との深いエピソードもご紹介します!
レインボー池田直人のプロフィール

氏名 | 池田 直人(いけだ なおと) |
コンビ名 | レインボー |
生年月日 | 1993年9月19日 |
身長/体重 | 177㎝/68kg |
血液型 | O型 |
出身地 | 大阪府吹田市 |
趣味 | 公園巡り、カフェ巡り、ラジオ |
所属事務所 | 吉本興業 |
池田直人(いけだ なおと)さんは、お笑いコンビ「レインボー」のボケ担当しています。
レインボーは、2018年の「ぐるナイ おもしろ荘」での優勝をきっかけに注目を集めました。
また、YouTubeでは女装キャラによるコントが話題になり、池田さんはいまでは“吉本の美容番長”と呼ばれるほど。
芸人活動だけでなく、美容関連の資格を取得して、自身のチャンネルでメイク動画も発信するなど、多方面で活躍しています。

女装にとどまらず、美容関連の発信までするとはすごい・・・!
元子役としての原点|5歳から芸能界へ
池田さんの芸歴は意外と長く、芸人になる前は子役として活動していました。
芸能界入りしたのはなんと5歳のとき。
残念ながら子役時代の写真は見つかりませんでしたが、ご本人がSNSにアップしている幼少期の写真がこちら。

目が大きく、整った顔立ちをしていますね!
主にバラエティ番組などに出演していたそうで、人前に出ることへの抵抗は子どもの頃からなかったといいます。
高校2年生まで子役の仕事を続けていた池田さんですが、「まわりがどんどん芸能界で活躍していく中、自分だけが“何者でもない”と感じて焦っていた」と語っています。
そんな気持ちが芽生えた中学生の頃、お笑いに強く惹かれるようになったそう。
「もっと自分らしく表現したい」という思いが、芸人を目指すきっかけになりました。
中学時代にNSC受験!?吹田市立佐井寺中学校での挑戦
池田さんの出身中学校は、大阪府吹田市立佐井寺中学校。

地元の公立校で、当時から人懐っこく、人気者だったそうです。
今でも同級生との交流が続いていることをSNSでも明かしています。
そしてなんと、中学3年生で吉本総合芸能学院(NSC)の入学試験を受けたというから驚きです。
ただ、「中学生とコンビを組んでくれる人がいない」という理由で不合格に。
その後もお笑いへの情熱は冷めることなく、そのときの悔しさが、のちの活動への大きな原動力になったようです。
大阪学院大学高校での青春と「STAND BOX」結成
高校は、大阪府吹田市にある私立の大阪学院大学高校へ進学。

いくつかのコースがありますが、池田さんが在籍していたのは不明です。
大阪学院大学高校の偏差値は46~53です!
高校生活の中で、池田さんは同級生とコンビ「STAND BOX」を結成。
高校2年生のときには「ハイスクールマンザイ」に出場し、近畿地区代表に選ばれました。

「電車を端から端まで駆け抜ける」というユニークなネタでイオン賞も受賞し、自信がついたと話しています。
放課後は漫才の練習に励み、新ネタができるたびに家庭科の先生に見せていたという微笑ましいエピソードも。

家庭科の先生に見せていた理由は、その先生が一番ゲラでよく笑ってくれたからだとか♪
また池田さんは、「霜降り明星」の粗品さんに一度コンビ結成を持ちかけられたというエピソードも。
高校生当時から、お笑いへの本気度の高い者同士の出会いがあったのですね!
池田さんの影響で、学校内でも漫才に挑戦する生徒が増えたというから、その存在感はかなり大きかったようです。
日本映画大学とNSCの二重生活|芸人への本格始動
高校を卒業後、池田さんは神奈川県川崎市にある日本映画大学の映画学部・脚本コースへ進学。

同時にNSC東京校の18期生として、お笑いの世界に本格的に足を踏み入れました。
大学進学の背景には、「うちの家系には大学卒がいない」という祖母の言葉があったそうで、家族の思いにも応えた形です。
一方で、自身の夢である芸人にも挑戦するという、二足のわらじ生活が始まりました。
NSCでは、おばたのお兄さんやぼる塾の田辺さん、ひょっこりはんらと同期。
最初はおばたのお兄さんとコンビ「ひので」を組んでいましたが、2年ほどで解散。
その後、「同期で一番面白い」と感じていたジャンボたかおさんに声をかけ、「レインボー」が誕生しました。
女装コントがバズり、2018年の『ぐるナイ おもしろ荘』では見事優勝。

池田さんは学業と仕事の両立で卒業に4年半かかったそうですが、その経験が今の表現力や柔軟さにつながっているようです。
芸人になった理由|母への想いと“笑い”への覚悟

レインボー池田さんが、芸人を目指した背景には、お母さんの存在がありました。
母子家庭で育ち、池田さんにとって母は一番身近で、笑いを共有する大切な存在だったそうです。
子どもの頃から一緒にお笑い番組を観ては笑い合い、「自分も人を笑わせる側になりたい」と自然に思うようになったと話しています。
大学に進学したのも、家族の誰も大学を出ていない中で「自分がその最初になりたい」という気持ちがあったから。
夢を追いつつも、家族への思いや感謝の気持ちを忘れない池田さんの姿勢が、今の活動にもつながっているのかもしれません。
「もっと自分らしく表現したかった」という想いから始めた芸人の道。
池田さんの女装キャラも、子役時代の経験や表現力が活かされた“自分らしさ”のひとつなのですね!
まとめ
5歳で子役デビューし、中学でNSCを受験し、高校では漫才にのめりこみ、大学と芸人活動を両立してきた池田直人さん。
その原点には「笑いが日常にあったこと」が大きく影響しているようです。
母との絆や仲間との出会いが、彼の行動力や表現力を支えてきたのでしょう。
いまや唯一無二のキャラクターを活かして、多くの人を笑顔にしている池田さん。
これからもコンビでもピンでも、ますます活躍の場を広げてくれそうです。
その笑顔と表現力に、今後も注目です!